月曜日, 12月 05, 2005

何かしら思うことが沢山ありますので

欠けているっていうのは感動を得る飛躍的なチャンスなのかも知れない。
そこにななにがあったかなんて誰にもわからないもの。だからこそ想像のパターンが何種類もでてくるんでしょう。それが想像を超えていたときひとは感動を覚えるんでしょうね。
例えばミロのヴィーナスなんて手がないからみんな想像するんでしょうし、料理してても何か足りないってことで何かを加えたときにすごくうまいものができるんじゃないんかなーなんて思ったりしてます。今とてもそう思ってます。今だけなのかも知れませんが。

笑いだってそうですよね、ネタフリがあってボケがある。ネタフリってのは答え的にはかけている会話なわけ。そこからボケるとなるともう無限の可能性がひろがってるんですよ!人と同じこといっちゃうと意外性のなさで面白さがなくなります。意外性があるからこそ笑いってもんにつながるのかなっと。

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